|
拝啓、 初冬の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。 さてこの度下記に引っ越しましたのでお知らせいたします。 〒nnn-nnnn **市 ** *東嶽 nnnn-nnnn 電話 0266-nn-nnnn 携帯 186-090-nnnn-nnnn (いずれもナンバー・リクエスト) Mail addressはこれまで通り *******@**.****.ne.jp を使用いたします。東嶽は 「ひがしだけ」とよみます。「とうごく」と入力して「投獄」などとしないようにお 願いいたします。図々木宗汚を擁する恥元派や迦迷派の代議士じゃぁあるめぇしまだ それに値するようなことはいたしておりませんので。 この地に転居および遷居して隠居、起居、燕居し安居、山居、仙居のような暮らしを 逸居、家居、貧居、蟄居して閑居することなく籠居したいと思います。Parigi, addio, noi lasceremoと歌ったAlfredoとViolettaになりかわって都会からは少し離 れて徒しが原のみちの霜を一足ごとに踏んでいきます。 これまでは府中の多磨町と言うごみ焼却場とヤキバ(火葬場)、あるいは多磨霊園に 徒歩5-10分と言うところに棲んでおりましたので「ご家庭で不要になりました古 新聞、古雑誌、古人間など」を燃やしたり埋めたりするついでにお寄りくださいなど と言っていましたがこの度棲むことに決めたところではいまだにヤキバや墓地、ある いはごみ焼却場がどこにあるかは分かっていません。(こういうことを言うので遮眠 党支持者や浅非新聞読者層からは嫌われます。分かっています。) そのようなところとはうってかわって「ほととぎす、自由気ままに鳴く里は、酒屋へ 三里、豆腐屋へ四里」というところです。実際最寄の郵便局まで4.5kmありま す。 このような心境になりましたのも、”Far from the madding crowd’s ignoble strife……Along the cool sequester’d vale of life, they kept the noiseless tenour of their way”の詩が常に心に行き来していたためです。なにしろコン ピュータ・ネットワークやビジネスの世界では常にignoble strifeに直面しnoiseの ことはデシベル単位での気がかりでしたのでこれらからの解放は大きな夢でした。 しかしビジネスマン生活の最後まで(齢、X’40’)Internetとか、VPN, 商用閉域 網におけるFirewallの穴あけやひもづけなどという最先端の分野に現役で勤めること が出来たのも皆様方のご指導ご鞭撻の賜物であるとの感謝の気持ちは片時も忘れませ ん。 さて東京都から長野県という二人の偉大な知事(一人は民主党のファンだそうで情な いが)が統治する都県で暮らすことが出来るのもまた楽しいことです。そのようなと ころで孔子様の言うところの「説しい」ことがあれば盲亀の浮木優曇華というところ です。 ところで**市一帯は縄文のビーナスの発掘を引用するまでもなく縄文時代の大都会 であります。建御名方神は国譲り(実際は国盗りであったであろう)の結果科野国の 州羽海に逃れ諏訪大社に祭られています。おそらく土着の神との諍いがあったことと は思いますがその土着の神はどうなったのでしょうか? また引きこもり症候群にお そわれた天照大神を天の岩戸から引き出したとき天手力雄命は岩戸を戸隠まで投げた とされます。しかし戸隠神社には天手力雄命とならんで土着の神、九頭龍大神も仲良 く(?)祭られています。こうした高千穂や出雲と信濃の関係あるいは日本の建国、 成立などを言語学と神社伝説を中心に二時間ドラマ流に考えながら暮らしていくのも 悪くないと思っています。 ビット、バイト単位の暮らしからの解放には期待と予定 するもの(Arturo Toscaniniの研究や落語を通じた人間の考察…絞殺ではない…、 アーナンダ以降の仏教堕落の歴史などなど)が多々あり、まさに煩悩無尽ですが生来 の怠惰かついい加減な性格ゆえ大半はタイムアウトで終わるのではないかといまから 確信しています。 まぁ買ホευδε βραδεωσでいきます。 (古典ギリシャ 語におけるQuantitative metathesisを初めとする音韻変化も研究したら面白いと 思っていますが。) One morn, I miss’d him on the custom’d slope (オリジナ ルはhillですがスキーも続けるつもりですので)というようになればと思っていま す。 そういうわけで田舎暮らしを始めます。この長い駄文(本当はもっと長ったらしく もっと衒学的にしたかったのですが)は皆様方への小人閑居の一つの不善としてご寛 容のほどをお願いいたします。 敬具 石*** 皇紀 2663年 12月 |